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取手市議会議員 
・建設経済常任委員会委員取手地方広域下水道組合議会議員
・日本共産党取手市議団長
団長
     
■加増みつ子紹介リーフPDF
●ごあいさつ          日本共産党の躍進で、新しい政治の扉を開く年に
 戦争法廃止へ、前進する年に
 今度の市議選は、戦争の道に進むのか、平和の道を歩むのか、その分かれ道の中でのたたかいです。私は25年間、保育士として働いてきました。保育所で育てた子どもたちが、戦争にいくようになるのは、絶対にイヤです。「どの子も殺し、殺させない」 この思いで、力をあわせて、必ず戦争法を廃止したいと思います。

誰もが安心して暮らせる取手へ
 消費税増税、年金の引き下げで「暮らしていくのが大変」との声がたくさん寄せられています。それなのに、自民系・公明党の議員は、国民健康保険税、介護保険料の負担増を押し付け、滞納すれば容赦なく取り立てるなど、冷たい政治を進めています。
 日本共産党は、福祉・住民サービスを削ってため込んだ70億円は市民のために還元させましょう。
 待機児ゼロの公的保育の充実を、国民健康保険税・介護保険料の引き下げなど、誰もが快適に暮らせる取手をつくるためがんばります。
●私の約束
「暮らしをよくしたい」「政治を変えたい」
 若者応援、子育て支援策の充実
 18歳までの医療費無料化
 国保税1世帯1万円引き下げ
 障がい者支援の強化
 介護制度の充実・保険料の引き下げ
 放射能汚染/甲状腺・健康調査の実施
 高すぎる水道料金の値下げ
 地場産業・農家支援策の拡充
 住宅・店舗リフォーム助成制度創設
 公園の整備・増設を
 取手競輪事業をやめ、市民のために活用
 井野小、旧一中の跡地利用は市民の声で 
   
●プロフィール
▼1952年 茎崎町(現つくば市)に生まれる。
 父は2歳の時亡くなり、農家を営む母親に兄と私は育てられました。母親の手伝い、特に ご飯づくりは私の日課でした。
▼1971年 県立取手二高卒業
 在校時、担任から、「女性は手に職を持って社会に出て働くことが大事」とのことばに、保育士の道へ。
▼1971年 公立保育所(井野保育所〜)に勤務、働きながら、国家試験で資格を取る。
 父母と保育者が力を合わせた保育で、「子どもたちの成長を」、「地域に開かれた保育所 を」と夢中でした。また保育士の増員など保育体制の充実を求め組合活動に励んできま した。
●96年取手市議会議員に初当選、現在4期目
●趣味は、ガーデニング、料理など●井野3丁目在住●家族は夫と一男一女
 
 
  加増さんは、私が、取手二高で教師をしていた折の教え子です。あの加増さんが市民のみなさんの困ったことや悩み事、心配事などに心を寄せ、市政に解決法を提示し、頑張っている姿を本当に誇らしく思います。市民と一緒に力を尽くす加増さんに6期目を必ず!
 みなさんと一緒に期待します。 
                白山 武田昭子

 加増さんに初めてお会いした時、パワーのある方だなーと思いました。保育士歴25年と聞き納得! そして市議会議員としての20年。何より現場に駆け付け、住民の声を聴いて市政につなげることを最優先してこられました。これからも気さくな人柄と、持ち前の英気で、困難な時代を開いてください。
エールを送ります。
                駒場 松浦和子

 明るい笑顔と行動力が大好きです。議会での質問は鋭くきっぱりしています。何としても必要な議員です。排水問題、通学路の整備をはじめ、住みよい取手を加増さんに期待します。
ぜひ議会に送り出したいと思います。
               下高井 高洲英子

 高校まで井野団地で育ちました。暫く前に団地に帰ったら、小学校も中学校も建物だけになっていました。これ以上、学校や保育所の統廃合が進んだら、取手に戻って子育てする若者なんていなくなります。僕の保育所時代の担任だった加増さんには、若い世代が定住できる街づくりをお願いします。
千葉の地から応援しています。
           鈴木 運(26歳、習志野市在住

●「ほっとけないんです」
▼はじめて生活相談にみえた方。「かぞうみつ子」の名刺を握りしめていました。「困っている事情をある人に話をしたらこの名刺をくれて『この人なら何とかしてくれるから』と紹介されたんです」と。
▼仕事がない、国保税が払えない、借金をしてしまったなどの相談に、「ひとりぼっちで悩まないで」「一緒に考えましょう」と力強く励ます加増さん。人生経験も16年間の議員活動も豊かに積み上げた、頼もしい加増さんです。
▼加増さんは1952年(昭和27年)生まれ、父親は2歳の時亡くなり兄とともに農家を営む母親に育てられました。近所に住む叔父や身近な人たちの愛をたっぷり受けて明るく成長した加増さん。
▼1968年に県立取手二高に入学。「女性は手に職を持って社会に出て行くのが大事」と励ましてくださった恩師の言葉を心に刻み、卒業後、公立の保育所に勤めながら保育士の資格を修得しました。
▼取手で共に働いた仲間たち、保育所でのお母さんや子どもたちとの出会い、よりよく生きたいとの願いを共有し、この地で結婚し子育てをした加増さん。 「高齢者や子どもたち、障がいのある方、誰もが安心して暮らせる街に」と懸命にとりくんできた議員活動の原点がここにあります。
▼生活相談のエキスパートとして頼りにされる加増さん。
 東奔西走の日々です。
 
 2012年
●「子育てしながら、安心して働ける社会にしたい」
 子どもたちの笑顔が何よりもステキ!と夢中で保育にあたってきた私は、子育てしながらがんばって働いているお母さんたちの姿に共感し、「子育てしながら、安心して働ける社会にしたい」と心から思いました。そして、そのことを大事にする日本共産党に23歳の時入りました。
 お泊り保育、夏祭り、バザー、運動会などの行事をともにつくり上げる中で、親も保育者も成長できたのだと思います。

 土曜閉庁が進められる下、「保育所は閉めないで!」とお母さんたちと運動し、土曜保育を続けることや複数担任制の確立をさせることができました。

 これまでがんばってこれた原点は、母子家庭の私を、近所にいた叔父・叔母がかわいがってくれたことや一生懸命働く母親の姿です。同時に、ひとり一人を尊重し、人間らしく生きる社会を願う共産党の一員として歩んできたからだと思います。

 今「働く場がない」「もっと安心できる社会を」と切実な声がたくさん出されています。党事務所には「お金がない、助けてください」「ただでさえ少ない年金なのに増税でなくなってしまう」など次々と相談が寄せられています。サラ金多重債務・生活保護などどなたの相談も切実です。

 暮らしを圧迫する政治の狭間で、行き場のない人がたくさんいます。

 私は、誰もが安心して生活ができる社会へと、これからもしっかり頑張りたいと思います。