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取手市議会議員
建設経済常任委員会委員・利根川水系県南水防事務組合議会議員
■遠山ちえ子紹介PDF
●ごあいさつ
戦争法廃止へ、前進する年に
 昨年の12月議会では、県内ではじめて「戦争法の廃止を求める意見書」が可決されました。平和を願う、みなさんの世論と運動のたまものです。
 私にも3歳の孫がいます。この子が大きくなったときに、日本が戦争するような国には絶対にさせない。戦争法をなくす「国民連合政府」へ、大きく前進する年にしていきたいと思います。

誰もが安心して暮らせる取手
 未来をになう若い世代を支援しなければならない時に取手市は、「総合計画」から、若者への「家賃補助制度」を削り、地元農業や商店・小規模中小企業を支援する施策も入れませんでした。
 子どもたちや若い世代、農業をはじめ地域の活性化を図ることこそ望まれていることではないでしょうか。地域福祉の充実に、要求実現にしっかり取り組みます。
●みなさんと力をあわせて要求実現に取り組んでいます。
若者・子育て世代への支援策の充実
 (家賃補助制度・出産祝い金の創設、18歳までの医療費無料化、「保育の質ガイドライン」策定)
国保税1世帯1万円引き下げ
高齢者・障がい者(児)が地域で安心して暮らせる 「地域福祉」の充実
障がい者支援強化 (基幹相談センターの創設、就職支援の充実)
放射能問題、甲状腺・健康調査の実施
住宅・店舗リフォーム助成制度の創設
後継者が生まれるような農家支援策 (米価・機械購入補助制度の創設)
防犯灯の増設、生活道路の整備、排水問題の解消 (北浦川・西浦川の早期改修)
小貝川の危険・重要箇所の早期改修
防災ラジオ導入と避難所・避難経路の確立
紫水高校前の道路を延長し、小貝川に橋の設置
●私も応援します
椚木 遠藤俊夫
 合併前の藤代議員時代から、行動力と発言力は抜群。元保育士としての感性か
、相手への思いやりとやさしさが遠山さんの魅力を引き立たせている。
取手市民のくらしをより良くしていくには、日本共産党の遠山ちえ子の議席はなんとしてでも守りたい。
そして、憲法も民主主義もけちらかして、戦争法の強行採決という許しがたい暴挙を行った
安倍自公政権に大きな鉄槌を下すためにも、
遠山さんを含む共産党市議団を再選させよう。

新川 大林 博
 「安全な食料は日本の豊かな大地から」のスローガンで、全国農民連とともに農民運動をし、農業を続けてきましたが、TPP大筋合意したとの報道には唖然とした
日本の食卓を賄えるコメが国内で生産されてい
アメリカ言いなりのTPPに絶対反対です。
共産党が掲げてきた「食は命、農を守ることは国を守ること」に
感銘を受け、これからも応援していきます。

藤代 桜井良利子
 お隣同士になって、20数年。いつも元気で何事にも熱心で
行動力のある遠山さんを応援してきました。この活気のないまちを是非そのパワーで、
元気で住みよい、若い世代のあふれるまちに
変えてくれることを期待しています。

   光風台 中村泰子
 取手市に住み36年。私の地域でも高齢化が急速に進み、一人暮らしの方が多くなり、空き家が増え、寂しい限りです。年金生活者にとっては、生活必需品の値上がり、各種税金・保険料の引き上げで生活費はどんどん切り詰めなくてはなりません。
また、多くの住民の反対にもかかわらずオープンしてしまった「ウェルネスプラザ」が本当に取手市民の健康と福祉の役に立つのか、見守らなければなりません。
子育てから老後まで、安心して楽しく暮らせる、逃げ出さなくてもよい町になるよう、
ぜひ共産党の市議には、
先頭に立って奮闘していただきたいです。


障がいのある子を持つお母さんから
 遠山議員に私は優しく注意されたことがあります。障がい者のための施設設置を望んでいた私が
「親が楽をするためにではなくて、親が高齢になった時に
障がい者が安心して暮らせる場が欲しい」と訴えましたら
、議員は「親が若くても様々な事情があって施設に預ける方もいます
。楽をするなんて言い方は、その方々に失礼ですよ」とおっしゃったのです。
その時、私は「遠山さんは選挙民に媚びない正直な方だ」と感心したものです。
 2012年
●プロフィール
●旧藤代町立中央・久賀保育所に保育士として21年勤務
●95年、旧藤代町議会議員初当選、副議長 
●05年、合併により市議に
[現在]・総務文教常任委員会委員・議会運営委員会委員
      ・議会基本条例策定調査特別委員会委員
      ・利根川水系県南水防事務組合議会議員
 地域では、相馬ふれあいひろば、藤代子どもサポーターで活動しています。
[家族] 夫、二女の3人暮らし  [住所] 藤代 144-6  
●明るく、気どらず、いつも元気で
 サラリーマン家庭に生まれ、3人妹弟の長女です。
 子どもの頃、地域のみんなと遊んでいると、「ちーちゃんは、面倒見がいいから、保母さんになるといいねえ」と近所のおばさんによく言われていた私は、保育士を希望し、施設で働きたいと思うようになりました。
 中学・高校は演劇部に応援団。
 保育専門学校ではゲームや人形劇で地域を巡業(?)
 集団での活動を通して、仲間意識を強くした青春時代です。

 21年間、中央・久賀保育所に勤務、とても楽しいやりがいのある仕事でした。各地で開かれる保育を考える集会に参加、どこでも新しい発見がありました。一人ひとりを大切にする「子どもの見方や保育観」に共感。こうした経験を通して、日本共産党の真の姿が見えるようになっていました。
 25歳で日本共産党に入党を決意した時、自分の「保育」に責任を強く感じ緊張した思いを、今も忘れることができません。

 そんな私が、1995年、旧藤代町で初の女性議員となったのです。そして、副議長に選ばれました。おかげで、いろんな場に出席、多くの出会いがありました。
 「遠山さんって、肩をポンとたたいて、気楽に声をかけられるような気さくな人なのね」と今でも、よく声をかけられます。
 いつも、子どもが好き∞人が好き≠ニ…一人でも多くのみなさんの声を聞こうと、藤代地域をまわっています。
 こんなわけでいつも我が家を留守しがちですが、家族の理解と協力があってこそ、議員活動ができると感謝しています。

 行政チェックはもちろんのこと、さらにみなさんの声にしっかり耳を傾け、みなさんと力を合わせて、地域の要求実現に取り組んでいきます。